先々週の9月12日の「マラソンの日」にちなんでマラソンとトレーニング、リカバリーについてお話ししました。
先週、わたくし個人も今年もマラソンチャレンジについての記事を書きました。
今や健康志向の高まりとともに、市民ランナーの数も年々増加し、フルマラソンやハーフマラソン、あるいは10kmや駅伝など、幅広い層がランニングを楽しんでいます。
しかしマラソンというスポーツは、体への負担が非常に大きいことでも知られています。42.195kmという長距離を走り切るためには、心肺機能や筋力だけでなく、「いかに効率よく回復するか」 という視点が極めて重要です。
今回のブログでは、マラソン後のリカバリー方法として注目を集めている 酸素ボックス(高気圧酸素療法:HBOT/軽度高気圧酸素療法:mHBOT) について、科学的な研究データをもとに解説していきます。一般の方にも理解しやすい形で、「なぜ効果があるのか」「どのように取り入れるのが現実的か」を掘り下げてみましょう。
まずは酸素ボックスの基本から。
私たちが普段呼吸で取り込む酸素は、そのほとんどが血液中の ヘモグロビン に結合して体中へ運ばれます。これを 「ヘモグロビン結合型酸素」 といいます。
一方、血液には酸素が「そのまま溶け込んでいる状態」でも存在しており、これを 「溶解型酸素」 と呼びます。
通常の大気圧下では、溶解型酸素はごくわずかしか存在しません。しかし、酸素ボックスの中では大気圧より高い圧力(例:1.2〜2.5気圧)と高い酸素濃度を利用するため、血液中により多くの酸素が溶け込むことができます。
つまり酸素ボックスのメリットは、酸素を「赤血球だけでなく血漿にも運ばせる」ことで、普段は酸素が届きにくい微小血管や疲労部位に酸素を供給できる という点にあります。
この溶解型酸素の増加が、疲労回復やケガの治癒を助けるメカニズムのひとつと考えられています。
疲労の一因としてよく挙げられるのが「乳酸」です。運動強度が高まると筋肉内でエネルギー代謝が切り替わり、乳酸が産生されます。乳酸そのものが悪者というわけではありませんが、濃度が高くなると筋肉の働きを制限し、「重だるさ」や「動かない感覚」として現れます。
Sueblinvongら(2004) の研究では、激しい運動後に酸素ボックス(2.5 ATA, 100%酸素)を30分利用したグループは、通常の休息や酸素吸入のみのグループに比べて 血中乳酸の除去速度が有意に速い ことが示されました。
つまり、酸素ボックスを利用すると「疲労物質が早く体から抜ける」可能性があります。ただし、この研究の酸素ボックスは、当院の酸素ボックスより気圧が非常に高く、酸素濃度も高くなっています。比較的大掛かりな装置で、治療効果も期待できる反面、酸素中毒や、耳抜きが難しい方には不向きです。感染治療や、難治性の骨折などで比較的大きな病院においてある場合があります。
Parkら(2018) は、軽度高気圧酸素(約1.3気圧)を運動前後に利用した試験を行い、運動後30分時点での乳酸濃度低下や疲労感の軽減を報告しました。
また、Gušićら(2024) は、サッカー選手を対象に試合後の酸素ボックス使用を検討した結果、血液マーカーやジャンプ・スプリント能力に大きな差はなかったものの、「体調の自己評価(Hooper Index)」が改善 することを示しました。
つまり、客観的な数値だけでなく、「体が楽になった」「翌日が軽い」といった感覚的な回復を実感しやすい のも酸素ボックスの特徴です。当院での酸素ボックスは、この軽度高気圧酸素に該当します。比較的手軽に利用でき、酸素中毒などのリスクもなく安全に行えるというメリットがあります。
マラソンやランニングで多いのは、筋肉痛や腱・靭帯の炎症、疲労骨折など。こうしたケガの回復に酸素ボックスはどのように役立つのでしょうか?
酸素供給が増えると、組織の修復に必要なエネルギー(ATP)産生が高まります。
高気圧酸素療法は 炎症や腫れを抑え、血流を改善する作用 があり、軟部組織の回復を早める可能性が報告されています。
疲労骨折に関してはまだ限定的な研究ですが、骨の治癒促進効果を示すデータも出てきています。
つまり、酸素ボックスは「疲労の抜けを速くするだけでなく、組織の修復をサポートする」可能性があるのです。
世界のトップアスリートの中には、日常的に酸素ボックスを利用している人が少なくありません。オリンピック選手やプロサッカー選手が遠征時や大会前後に使用している事例も数多く報告されています。
特に重要なのは、彼らが「試合や練習の翌日も最高のコンディションを保つ」ために使っている という点です。
一般ランナーにとっても、「翌日の疲労を残さないこと」は練習の継続性やケガ予防につながるため、プロと同じ発想で取り入れる価値があります。
研究や実際の使用例から、酸素ボックスの活用方法をまとめると以下のようになります。
頻度:週1〜2回(定期的に使う方が効果的)
時間:30〜60分
タイミング:長距離走やインターバルなど高強度練習の直後、または大会後
目的別のイメージ
疲労回復:運動直後に使う
ケガの回復:炎症がある時期に継続的に使う
コンディショニング:大会や記録会前後に使用
具体的には、試合の翌日や、合宿などのハードな練習後にリカバリーとして使用するのはおすすめです。
又、パフォーマンス向上を期待して、溶解型酸素の恩恵を期待するのであれば、大切な試合前などに体の中に溶解型酸素をため込んでおくのも良いのではないでしょうか?
もちろん酸素ボックスにも注意すべき点があります。
単回利用の効果は一時的:継続的な利用が推奨されます。
誰にでも万能ではない:持病や耳鼻のトラブルがある場合には使用できないケースがあります。
高すぎる圧力はリスク:安全性の確保された施設で利用することが重要です。
つまり、酸素ボックスは「魔法の治療」ではなく、あくまで 科学的根拠のある補助的リカバリー手段 として正しく使うことがポイントです。
マラソンや長距離ランニングは、体に大きな負担を与えるスポーツです。だからこそ「走ること」と同じくらい「回復すること」が重要です。
酸素ボックスは、
血中の溶解型酸素を増やし、微細な組織まで酸素を届ける
疲労物質の除去や主観的疲労感の軽減に役立つ
炎症やケガの回復を助ける可能性がある
プロアスリートも利用している
といった特徴を持ちます。
週1〜2回の継続利用をうまく取り入れることで、練習の質を落とさず、ケガを防ぎ、より長くランニングを楽しめる体をつくることができるでしょう。
次のマラソンに向けて、ぜひ「走る練習」だけでなく「回復の練習」にも目を向けてみてください。

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かなざわ整形外科・婦人科
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院長 金沢 正幸
医学博士
日本整形外科学会専門医
日本整形外科学会リハビリテーション医
日本整形外科学会リウマチ医
日本整形外科学会スポーツ医
日本医師会認定スポーツ医
日本体育協会公認スポーツドクター
※婦人科は女性専門医が診察にあたります。